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ダイエットは、永遠の課題である。

それはわかっているのだけれど、どうしても食べてしまう。

特に炭水化物・・・。

ダイエットの敵だと思っている・・・。

でも、大好き。

仕事が終われば、かならずおやつ代わりにパンを食べる。

甘いパン、惣菜パン・・・どれもおいしいから困ってしまう。

特に、近所のパン屋さんで売っているりんごパンが好きだ。

りんごの果肉と、紅茶が練りこまれている。

これが売っていた日は、必ず買ってしまうのだ。

あと、チョコチップが練りこまれたパンも。

どれもおいしいから、困るのだ。

また、買いたくなってしまうから。

ふと、どうして食べているときは幸せを感じるんだろうと思う。

しかしわたしの場合は、食べながら後悔もしている・・・。

おいしい!でも、また食べちゃってる・・・

半分でやめておけばいいけど、全部食べたい・・・

と思いながら、パンを食べる。(やっぱり、パン)

おいしさを知ってしまっているから買ってしまうし、食べてしまう。

例えそれが晩ごはんの前でも。

昔は自分でパンを作っていた。

それこそ、チョコチップパン、ベーコンチーズ、食パン。

最近は時間がなくて、全然作れていない。

自分で作るから、焼きたての魅力もとてもわかるし、味も自分好みにできるからさらにおいしい。

時間ができたら、作ろうかな。

ホームベーカリー・・・出そう(笑)

こんな話をしていると、またごはん前だというのにパンを食べたくなる。

お昼に、ハンバーガー食べたのに。

ダイエットは、少しだけ考えて、パンはほどほどに食べるようにしよう!

わたしにパン抜きの生活なんて考えられない!

あ・・・明日パン屋さん定休日だ・・・・・・・・・。

私は最近、とある作家のホームページで「人の話をどれだけ素直に聞けるか」という事を題材にしていたのを見かけました。

しかしちょっと考えてみているのですが、素直とはどういう意味なのか?とも思います。

これを伝えて解説するのはやや難しいんですが、例えばある人が「あなたはかわいいね」とある女性に言ったとします。

それを受け止めた女性が「そうなのよ。私って本当に可愛いのよ」と答えたとしたら

どうでしょうか。

その女性が自分のこと本当に可愛いと思っていたから、そのように素直に答えたんだと思います。

女性が自分のことを可愛いと思っていたからと言ってそれは決して悪いことではあり

ませんよね。

それなのに世間一般ではここで謙遜しないと、あたかも高飛車で嫌な女とレッテル貼ろうとします。

そう、この「謙遜」しないとイメージ悪いと思われるのが嫌で、反対に「いやぁ、それほど(可愛くないですよ)でもないですよ」と答えたとする。

これは素直では無いということでしょうか?

いや、これはこれで素直なのかもしれません。

なぜなら謙遜をしないと イメージが悪いと思っているからそのように答えているのだと思うからです。

素直ってなんなんでしょうね。

ではまたね!

3月に入ると、春の嵐と言われるほど風が強かったり雨も強い日が何日かあります。私が住んでいる自宅は海に近いところにあるのですが、もともと普段から風は強いのですが台風や暴風の時はすごくまた格別に強いのです。先日も夜中に雨風が強く、子供も窓や屋外の洗濯干し場の屋根の音が大きくてなかなか寝付けないと言っていました。

その日は幸い朝には雨は止んでいたのですが、今朝は朝もまだ雨が降っていました。風がとても強く、朝起きるとすぐに子供の登校時の準備を考えました。長靴を出して合羽を出し、もし登校中に靴下が濡れたらと考えて新しい靴下をランドセルに入れました。

今日は月曜日だったため、ランドセルとは別にエプロンや歯ブラシセット、上靴などがはいったサブバッグを持って行く日。そのバッグが濡れないよう、さらにビニール袋をかけて持たせました。雨は降っていましたが、風が強く傘は危険なので持たせませんでした。

朝から色々と考えて用意しなければならず、雨風の強い日はとても忙しいです。子供はまだ1年生なので学校へ着いてから合羽を片付けられたかな?と少し心配になりました。やっぱり登下校時は晴れて穏やかな日の方が楽だなと感じてしまいました。

彼らが入学してきたのは3年前。小学生の延長みたいなはしゃぎっぷりで、クラスごとに並んで写真を撮った。あのときはまだちゃんと敬語すら使えなかったね。授業に行くたびに、学年の廊下を通るたびに、すれ違うたびに、「先生!」と声をかけてくれて、なんてことない雑談をした。今思い返せば本当にくだらない内容ばかりだけど、あの頃に戻れるならば、もう一度彼らと一緒に笑って話をしたい。

彼らは勉強も部活も全力投球。食欲が旺盛で、残食はなかった。合唱も先輩顔負けの素晴らしさ。他学年の先生方も驚くほどの出来栄えだったし、そんな努力家ばかりの学年に所属してたのが誇りだった!

日に日に子どもっぽさが抜け、学年が上がると、わたしは彼らの学年から所属を外された。悔しかった。わたしの授業をあんなにキラキラした目で受けてくれたのは、あの子たちが初めてだった。

英語を話すことを好きになってくれた。英語が一番好きと言ってくれた。それなのに、どうしてわたしは彼らのもとで授業できないんだろうと思った。まるで大切なものを盗られたような気分になっていた。それでも、仕方がないと言い聞かせて過ごす日々が続いた。

所属が変わっても、彼らはいつでも声をかけてくれた。廊下で、部活で、どんな場所でも。

彼らが三年生になるとき、わたしは離任した。なんともらった手紙は50通を超えていた。心のこもった花束、大切にしていた筆記用具。思い出と、せめてもう1年、という思いばかりが未だにわたしの心に残る。

そんな彼らも、あと1ヶ月もすれば卒業式。

どれくらいお兄さんお姉さんみたいになったかな。ちゃんと進路は決まってかな。また「先生」と声をかけてくれるかな。

立派になった君たちに、もう一度会いたい。

寒波がさったと思ったら、また寒波が到来。

凍った道路も溶け始めた矢先の積雪に嫌になる。

私は福島県に住んでいるのだが福島県は浜中会津と大きく3つの地域に分けられる。実家は会津地方の豪雪地帯だ。現在は中通りという比較的、積雪量が少ない地域に住んでいる。引っ越してきて7年が経つが未だに中通りの冬の気候や雪かき事情に慣れない。

会津地方にすんでいた時の気候は風が少なく、シンシンと雪が降る。道路から水が出ていたり橋は熱線が張ってある為、雪が積もることが少なく生活はしやすかった。雪かきはママさんダンプをメインとし家庭用除雪機の他に地域の建設会社がブル(ブルドーザー)を出してくれる。年配者が多い為、近所みんなで雪かきをする。家の前は勿論、家の脇の道路や歩道など出来る限り全ての雪をかく。幼少期からその様な環境で育ち生活してきたため、雪が降ったら皆で雪をかくという事が私の中では当たり前の事だった。

中通りに引っ越してからその当たり前は当たり前では無いことに気付かされた。まず気候は風が年中強くホワイトアウトになりかけることもある。雪への設備が整って無いため、水も出なければブルも出動しない。そして、ママさんダンプを所有する家庭は少ない。雪かきについてだが会津はみんなで協力して行っていたが中通りはみんなで協力して雪かきをするという事が無い。

家の前の雪かきすらしない家庭があるのだから驚きだ。道路や歩道は雪かきされないため、いつまでも雪や氷が残る。地域によってこんなにも差があるのだなとショックを受けたほどだ。自分の中での当たり前は世の中的には当たり前ではないと改めて思い知らされた。普段は協力性が無くても何かあったときはみんなで協力したいものだ。

私はもともと友達が少なくて、自分からなかなか話しかけることができない性格なのですが、一度でもきっかけがあればその縁を大切にしていこうとは努力はしているつもりです。

が、ある時知り合った人のかかわり方があまりにも度を越しているというか、人としておかしいように思えました。

私に親しく話しかけてきてくれる人自体が少ないので、彼女がとても親切にしてくれたことで私はすごくうれしかったんです。

でも、次第に、私は彼女にいいように使われているのかもしれないと思うようになったんです。

指示が出されて従う関係はやはり友達というよりも、主従関係ですよね。

おかしいなと思いつつ、会話はするし、周りの人にもそこまでおかしさが伝わらない、でもなんか違う、このギャップで何か月も苦しみました。

要は、自分が車を持っていないから、移動手段として私に近づいたんだと思います。

思い切ってもうこういうことはできないと言い切ると、意外にもあっさりと離れて言ったんです。

やっぱり私に本当に仲良くなってくれる友達作りはむつかしいのかなって、寂しい気持ちと、すごく体にも不調ができてしまい、落ち込む毎日です。

こんなことなら、一人のほうがまだましなのかな。

インフルエンザが大流行しています。毎年流行するのはインフルエンザA型ですが今年はB型が猛威を振るっています。
私が勤める幼稚園も1クラス学級閉鎖となり学級閉鎖解除後もインフルエンザが増え、他のクラスでも増えて来ています。
また地域の小学校では学級閉鎖が多数行われており、他園では園閉鎖もされているといいます。

最近ではインフルエンザワクチンを打つのが主流になっており今年も多数の子どもたちが予防接種をしたと話を聞きました。
ところが予防接種した子もしていない子も同じくらいかかっているのです。この現実をみると果たして予防接種は効果があるのかと首をかしげたくなります。
ですが重症化を防ぐことができるというネット上での情報を見ると打つことも大事なのかと思いました。
予防接種だけが予防ではなくマスクをするや免疫力をアップするために睡眠時間を十分にとること、手洗いをこまめに行うなどの日ごろから出来る予防をすることが大切なのだということも大流行を見て思いました。

さて当の私と子どもたちですが予防接種はここ数年受けていません。受けるつもりも今後ありません。
なぜならば予防接種を受けた時に限って1カ月以内にインフルエンザにかかってしまうからです。これでは8000円の予防接種代を使ってインフルエンザにかかりに行っているようなもので割に合わないのと、あの高熱の際の全身の関節痛という苦痛を味わうのが恐ろしいと思うのでかかる時はかかる!とどっしりと構えて毎年、手洗いやマスクと換気や加湿などで予防に努めています。
予防接種をしたときに限って罹るということについて知人に尋ねるとそういう体質の人もいるって聞くといい知人の知り合いにも同じような人がいるということを聞きました。

とはいえ予防接種は大事です。既往症がありインフルエンザにかかることで悪化する可能性があるという場合や幼い子どもやお年寄りは予防接種を受けることは大事だと思います。
現在体に合わないと予防接種は受けていませんが免疫力が落ちる年代になったら病院と相談しながら接種するようにしていかなければいけないと思いました。

社会の変動に伴い自分自身の時間割(予定)が最近変わってきている。仕事で追われることもあるので、ほとんどが仕事ということもあったりはするが、ほんの隙間の時間や、休みの日など、何が一番自分にとって有効なのかを見極めようとしている。

家でゴロゴロしてリラックスをすることも必要だが、寝て終わる一日だと、何か損した気分になる。出かけるなりして、外に出たほうが有効活用できるのは間違いない。時間を作るというのは、自分が意識的にやらないと、どんどん惰性でつまらないことで埋まってしまう。

そういったつまらないことを極力減らし、自分のためになることを優先させたい。例えば、勉強の時間、友達と遊ぶ時間、仕事の時間、食事の時間、同僚と話す時間、仕事の残りをやる時間などなど、挙げればきりがない。時間を有効活用する人は、満員電車の中のわずかな隙間を使って、スマフォでメールやラインなどを利用している人もいる。

仕事人間は、それが当たり前と思っているかもしれないし、毎日時間と壮絶な戦いをしている人もいるだろう。また、全力で満杯の仕事を抱えている場合、一度事故や病気になると、仕事が回らないということになりかねない。睡眠時間を削ったり、食べる時間を割いたりしていると、自分が主体の体なので、体調が不良になり、自分の時間割がガタガタになることもあるだろう。

とにかく、必ずやらなければならないことを除いて、空いた時間を何に使うか。これは自分への投資にも繋がる。社会人として時間を管理・調整を時と場合に応じてすることは非常に重要なことであると思う。